AIに専門知識を教え込んで分かった、限界はAIではなく自分の言語化能力だった
10年分の調理理論をAIに教え込んだ料理人の実録。素のAIが出すレシピの違和感、暗黙知を言葉にする難しさ、そして最後に突き当たったのが「自分の言語化能力」だったという話を書きます。
2026年7月23日(更新:2026年7月23日)
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AIに自分の専門知識を教え込む。
言葉にすると難しそうですが、やること自体は単純です。自分の知っていることを書いて渡すだけ。難しいのはそこではありませんでした。
自分が知っていることを、自分が言葉にできない。 ここでずっと詰まりました。
フレンチ・イタリアンの現場で10年働いて、献立アプリを自作するときに調理理論をAIに仕込みました。その過程で分かったことを書きます。
素のAIは「ある程度分かっている」認識で出してくる
まず、素のAIに料理を頼んだときの感触から。
出てくるものは、間違ってはいません。むしろよくできています。ただ、「ある程度分かっている人」が書いた料理なんです。
素人ではない。かといって、現場で毎日それを作っている人間の答えでもない。レシピ本を大量に読んだ人の答え、という感じでしょうか。だから一見それらしいのに、現場の目で見ると「その組み合わせはうちではやらないな」というものが混ざる。
この「惜しさ」が曲者でした。完全に間違っていれば直せばいい。でも8割合っているものを直すのは、ゼロから考えるのとは別の難しさがあります。
だから、足りない2割を教えることにしました。
教えたのは、火入れ・組み立て・理論
具体的に渡したのは、大きく3つです。
火入れ。 どの食材に、どういう熱の入れ方をするか。強火で一気にいくのか、低温でじっくりなのか。この判断がレシピの前提から抜けていると、出てくる料理がぼやけます。
組み立て。 味をどう構成するか。酸味をどこに置くか、脂をどう切るか、食感をどう対比させるか。一皿の中のバランスの取り方です。
理論。 上の2つを支えている考え方そのもの。なぜその火入れなのか、なぜその組み合わせなのか。10年かけて体に入れてきたものです。
書き出すと3行ですが、これを言葉にするのに一番時間がかかりました。
一番の壁は、五感で覚えていること
やってみて分かったのは、自分が知っていることの多くは、言葉ではなく五感で持っているということです。
「このくらいの火加減」の"このくらい"。「もう少し酸味が欲しい」の"もう少し"。現場では、それで通じます。手が覚えているし、目で見れば分かる。同じ厨房にいる人間となら、言葉にしなくても共有できてしまう。
でもAIには、それが一切通じません。AIは手も舌も持っていないので、言葉になっていないものは存在しないのと同じです。
ここで初めて、自分がどれだけ言葉にしていなかったかを突きつけられました。10年やってきたことなのに、いざ説明しようとすると出てこない。知らないのではなく、言葉の形で持っていなかったんです。
どうやって言葉にしたか:AIに質問させる
自力で書き出そうとして、うまくいきませんでした。何から書けばいいのか分からないからです。
そこでやり方を変えて、AIに質問させることにしました。
こちらから説明するのではなく、AIに聞いてもらう。「この料理ではどういう火入れをしますか」「なぜその順番なんですか」と質問を投げてもらい、それに答えていく。キャッチボールの形にしたんです。
これが効きました。理由は単純で、質問されると答えられるからです。白紙に「あなたの調理理論を書いてください」と言われても何も出てきませんが、具体的に聞かれれば口は動く。人に教えるときと同じです。
この方法は、専門知識を持っている人ほど有効だと思います。知識がないのではなく、取り出し口が分からないだけなので。
教えたあと、どう変わったか
一番の変化は、自分が学んできた理論が反映されたものが出てくるようになったことです。
素のAIが出す「ある程度分かっている人の料理」から、「自分の考え方に沿った料理」に変わった。同じ食材を渡しても、返ってくるものの方向が違います。
これは料理の精度が上がったという以上に、その提案が"自分のもの"になったという意味で大きかった。AIが出したものをそのまま使うのではなく、自分の理屈が入っているから、納得して使える。
それでも残った限界は、AIではなく自分にあった
最後に、正直なことを書きます。
教え込んでも、伝えきれていない部分は残りました。感覚で覚えていることを、まだ言葉にできていないからです。
そしてここが重要なのですが——その限界はAIの側ではなく、私の側にありました。
もっと言語化がうまかったら、もっと伝えられた。AIが理解できなかったのではなく、私が渡せなかった。使い込むほど、そう思うようになりました。
以前書いたように、AIを使っていると自分の言語化能力が鍛えられていきます。逆に言えば、AIの出力の限界は、かなりの部分が使う側の言語化能力の限界なんだと思います。道具のせいにできない領域が、思っていたより広い。
これは料理だけの話ではない
長く同じ仕事をしている人には、必ず「言葉にしていない知識」があります。
営業の間の取り方、接客の空気の読み方、現場での段取りの組み方。同僚には「まあ、やれば分かるよ」で通じてしまう部分。それが全部、AIに渡せる資産です。
そして渡そうとした瞬間に、自分が何を知っていて、何を言葉にできていないかが分かる。これは副産物ですが、たぶん本業のほうにも効きます。人に教えるのが上手くなるからです。
AIに専門知識を教えるという作業は、自分の経験を棚卸しする作業でもありました。
まとめ
- 素のAIは「ある程度分かっている人」の答えを出す。惜しいが、現場の答えではない
- 教えるべきは、判断の理由。火入れ・組み立て・その裏にある理論
- 一番の壁は暗黙知。五感で覚えていることは、言葉の形で持っていない
- 言語化のコツは、AIに質問させてキャッチボールにすること。白紙に書き出そうとしない
- そして限界は、AIではなく自分の言語化能力にあった
自分の当たり前は、他の誰かにとっての専門知識です。それを言葉にできたとき、AIは急に自分の道具になります。
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